過敏性腸症候群について
過敏性腸症候群(IBS:irritable bowel syndrome)は、大腸に腫瘍や炎症といった明らかな異常が見つからないにもかかわらず、腹痛や腹部の不快感が続き、便秘や下痢など排便に関する症状が数カ月以上続く場合に疑われる疾患です。
この病気は比較的よく見られ、全体の約10%の人が該当するとされており、特に女性に多く見られます。加齢とともに発症率は低下する傾向があります。
命に関わるような重篤な病気ではありませんが、腹痛や便通異常、不安感などが日常生活に影響を及ぼすことも少なくありません。
過敏性腸症候群を引き起こす原因
小腸や大腸は、食べ物を消化・吸収するほか、不要なものを便として体外に排出する役割も担っています。これを行うには、腸がリズムよく収縮して内容物を肛門へと送り出す「運動機能」と、その動きや変化を感知する「知覚機能」が必要です。これらの機能は、脳と腸の情報のやり取りによって調節されています。
しかし、強いストレスや不安を感じると、この調節が乱れ、腸の動きが過剰になったり、わずかな刺激でも痛みを感じやすくなったりします。こうした「知覚過敏」や「腸の過剰な収縮」は、過敏性腸症候群(IBS)の特徴的な状態です。
例えば、健康な人であれば強い刺激でしか腹痛を感じませんが、IBSの方は軽い刺激でも腹痛を訴えることがあります。
IBSの発症メカニズムはまだ完全には解明されていませんが、感染性腸炎の罹患後に発症しやすくなることが知られています。
感染によって腸に炎症が起き、粘膜が弱まることに加え、腸内細菌のバランスが変化することで、腸の運動や感覚が過敏になるためです。
近年では、IBSに関わる腸や脳の異常を引き起こす物質や、遺伝子の働き、機能的MRIによる脳の画像診断などの研究が進められています。
過敏性腸症候群とストレス・自律神経の関係
過敏性腸症候群(IBS)は、上記以外にも、精神面と身体面が密接に関係して発症・増悪する心身症の一つとも考えられています。
なかでも腸は脳の影響を強く受けやすい臓器であり、「腸脳相関」と呼ばれるように脳と腸は深く結びついています。
過敏性腸症候群では、不安や緊張などの精神的ストレスが腸の運動や知覚に影響を与え、症状を引き起こす要因となることが知られています。
また、過敏性腸症候群は自律神経失調症や他のストレス関連疾患の一症状として現れる場合もあります。精神的ストレスによって身体の機能が乱れ、さらにその身体の不調がストレスを助長するという悪循環に陥ることも少なくありません。
自律神経の乱れによって生じる身体の不調には多くの種類があり、過敏性腸症候群に他の症状が併発することも珍しくありません。
そのため、過敏性腸症候群の根本的な改善には、ストレスのコントロールと生活習慣の見直しを含め、自律神経のバランスを整えることが重要であり、心療内科的なアプローチを要することがあります。
過敏性腸症候群の主な症状
過敏性腸症候群では、長期間にわたって腹痛や不快感が続くほか、便秘や下痢などの便通異常が見られることが特徴です。
代表的な症状としては、排便をきっかけに腹痛が軽減すること、そして便の状態や排便回数の変化が挙げられます。
過敏性腸症候群の検査・診断方法
問診では、今までにかかったことのある疾患、現在服用されている薬、症状の内容、きっかけ、普段のライフスタイルなどについて、丁寧にお聞きしていきます。 過敏性腸症候群の症状は、他の大腸疾患でもよく見られます。
そのため、炎症などの器質的な問題がないか、血液検査や大腸カメラ検査などで調べる必要があります。
当院では「痛くない大腸カメラ検査」を行っており、大学病院でも導入されている最新の内視鏡システムを駆使して、きめ細やかな検査を提供して参ります。従来の大腸カメラ検査と比べて、患者様への負担は軽減されていますので、安心してご相談ください。
過敏性腸症候群と確定するためには、大腸がんや炎症性腸疾患など、症状の原因となりうる器質的疾患が存在しないことを確認する必要があります。
血便・発熱・体重減少などのアラームサイン(危険徴候)がある場合や、以下のようなリスク因子を有する方には、精密検査が推奨されます。
- 血便がある方
- 40歳以上の方
- 大腸疾患の既往がある方
- 家族に大腸疾患の既往がある方
このような場合には、大腸カメラ検査や大腸造影検査などを実施し、腫瘍や炎症の有無を確認します。
また、甲状腺機能の異常、糖尿病による神経障害といった他の疾患が便通異常の原因となることもあるため、リスク因子がない場合でも血液検査や尿検査による基本的なスクリーニングを行います。炎症や貧血の所見が認められた場合には、器質的疾患の可能性を考慮し、さらに大腸検査を追加します。
症状によっては、腹部超音波検査やCT検査などの画像診断を行うこともあります。
その他の検査
症状の程度や心理的影響を把握するために、問診票による評価を行い、全体的な状態を把握します。
また、薬物療法を行っても症状の改善が認められない場合、心療内科的なアプローチが必要となり、心療内科への受診を勧めることもあります。
過敏性腸症候群の治療方法
治療の基本は、まず生活習慣の見直しから始まります。
1日3食を規則正しく摂取し、夜遅くの食事や暴飲暴食を避けることが大切です。バランスの取れた食事を心がけるとともに、ストレスを溜め込まないよう意識し、十分な睡眠と休息を取るようにしましょう。
また、刺激の強い食品や脂っこい食べ物、アルコール類の摂取は控えることも重要です。
さらに、適度な運動も症状の緩和に有効とされており、運動習慣のない方には、無理のない範囲で続けられる運動を取り入れることが推奨されます。
これらの生活改善を行っても症状の改善が見られない場合には、薬物療法が検討されます。
初期に用いられる薬剤には、以下のようなものがあります。
- 消化管機能調節薬:腸の運動を整える薬剤
- プロバイオティクス:ビフィズス菌や乳酸菌など腸内環境を整える善玉菌製剤
- 高分子重合体:腸内の水分バランスを調整する薬剤
これらは便秘型・下痢型のいずれにも対応可能で、症状に応じて使い分けられます。
また、症状のタイプに応じた治療薬として以下のようなものも使用されます。
- 下痢型IBS:腸の過剰な動きを抑えるセロトニン3受容体拮抗薬(5-HT3拮抗薬)
- 便秘型IBS:便を柔らかくする粘膜上皮機能変容薬
加えて、症状に応じた補助的な薬剤として、下痢に対しては止痢薬、便秘には下剤、腹痛には抗コリン薬などが必要に応じて頓用的に使われます。
上記、薬物療法を行っても症状の改善が認められない場合、心療内科的なアプローチが必要となり、心療内科への受診を勧めることや、抗不安薬、抗うつ薬を処方することもあります。



